2025年
メッセージメール

恒一郎牧師からのメッセージメールです。
心温まるメッセージは、疲れた心にしみわたる特効薬です。是非お読みください。
このメッセージメールを、ご希望の方に配信しております。
恒一郎牧師宛に配信ご希望のメールをお送りください。
パソコン、携帯どちらでも受信可能です。

2025年5月2日(金)
アーメン…

「アーメン」はお祈りの最後に言う言葉です。で、意味は「まことに」「たしかに」です。だから、自分の祈りに対しては「この祈り真(まこと)です」。人の祈りに対しては「確かに自分もそう思います」。
ちなみに、書道教室でのミニ礼拝の時の子ども達の「アーメン」は、「とりあえず言っておこう」「みんなが言うから」「盛り上げる為」みたいな感じです。
でも、先日、久しぶりに礼拝の時間に間に合った子どもが、「久しぶりにアーメンって言った」と。そして、晴れやかな顔をしていました。
今、誰でも、どこでも、どんな時でも祈る事が出来ます。困った時に祈る。苦しい時に祈る。感謝したい時に祈る。ぜひ、祈ってみて下さい。
祈り方は、まず「神様」と。そして、願いでも感謝でももんくでも何でも言って下さい。そして、最後に「イエスキリストの名前によって祈ります。アーメン」と。
もしかしたら、祈った後に晴れやかな顔になっているかもしれませんよ。

2025年4月25日(金)
救い…

聖書に「救いは主(神)にあります」と記されています。確かに、神様はイエス様をこの世に送り、救いの業をなしてくださいました。罪や悪からの救いです。
さらにイエス様は他にもいろいろな救いの業を私達になして下さいます。
素晴らしい変化、正しい方への改善、健全な成長、喜びを広げる祝福、安心が伴う平和など。
これらの救いの業により、私達は幸せに生きる事が出来ます。
イエス様を救い主と信じて、これらの救いの業を受けていきましょう。

2025年4月18日(金)
桜の花びら…

先日、車で桜並木の道を走っていたら、一枚の桜の花びらがフロントガラスに張り付きました。しばらくの間、張り付いたままで、それを見ていたら、その一枚の花びらが何かを言っているような気がして、何を言っているのかをいろいろ考えてみました。
まず思いついたのが「ちょっと休憩」。
次に「絶対に離れない」。
次に「道路には落ちたくない」。
次に「もう少し美しくいたい」。
次に「特別に張り付いたんだから感謝しろよ」。
次に「来年も見に来てね」。
そんな事を思っていたら、いつの間にか飛んでってしまいました。
で、たった一枚の花びらでも私を楽しませてくれました。
私達一人一人も神様に愛されている存在として、誰かを楽しませたり、喜ばせたり、慰めたり、励ましたりすることができます。一枚の花びらのように。

2025年4月11日(金)
失望せずに善を…

聖書を通して神様はいろいろ教えて下さいます。その一つをお伝えします。
「失望せずに善を行いなさい。あきらめずに続ければ、時が来て刈り取る事になります」。
今、自分が出来る善を行っていこうと思います。神様に対しての善である礼拝をとにかく続けていこうと思っています。神様からの恵みを刈り取る事が出来ます。
あと、人に対しての善である「愛する事」を続けていこうと思っています。平和という刈り取りをする事が出来ます。
神様に対しても、人に対しても善を行っていくうえで、疲れたり、失望したりすることもあるかも知れません。ちなみに私はあります。
でも聖書を通して、「失望せずに善を行いなさい」と教えているので、やろうと思っています。ふ〜

2025年4月4日(金)
新年度を迎えて…

新年度を迎えて、新しい学校、新しい職場など、新しい環境や関係に入る人が多くいます。
私自身は、これといって変わりはないのですが、新年度を迎えて、神様から一つの言葉が与えられました。「互いに親切にし、優しい心で赦し合いなさい」です。
新年度で緊張や恐れでストレスを感じている人もいるかも知れません。だから、お互いに親切にしていきましょう。あと、優しい心をもって赦し合っていきましょう。「優」という漢字の意味は、「人の憂い(弱さ)を理解する」です。人の憂い(弱さ)を突っついたり、攻撃するのではなく、理解して赦していく時、平和と安心が広がります。
「互いに親切にし、優しい心で赦し合いなさい」。生活の中で実践してみて下さい。

2025年3月28日(金)
消毒液…

近所のスーパーに消毒液を買いに行ったら売り切れでした。別の日に行っても売り切れでした。
今度は電話してから行こうと思い、電話をして「消毒液ありますか?」と聞いたら、「ショートケーキですか?」と。そんなことある?と思いつつも「消毒液です」と大きい声でゆっくり言ったら、「あっ!すみません。消毒液入荷しました」と。
これは早速メッセージメールで、お話ししようと思いましたが、ここから聖書的な話をするのは難しいので、とりあえず、聖書の言葉をお伝えします。
『愛を追い求めなさい』。愛する事、愛されることを求めていきましょう。生活の中に平和と喜びが広がります。

2025年3月21日(金)
無駄にならない…

毎日聖書を読んでいて、最近よく目に留まる言葉があります。「無駄にならない」です。
その一つの御言葉が「いつも主の業に励みなさい。あなたがたの労苦は無駄にならない事を知っているから 」。
私達は生活の中でいろいろな労苦があるのではないでしょうか。そして、その労苦を理解してもらえなかったり、分かってもらえないと、さらに心まで重くなってしまいます。
神様は一人一人の全てを知って下さり、さらに「労苦は無駄にならない」と語って下さっています。その労苦が誰かの助けや励ましや慰めになったり、自分の力や経験になったり、神様を喜ばしたりします。
だから、今それぞれが目の前にあるやるべき事、出来る事に力を尽くしていきましょう。

2025年3月14日(金)
朗(ほが)らか…

書道教室で「こうちゃんの名前の漢字を教えて」と。「恒一郎」と半紙に筆で書いたら、「こうちゃん、上手!」とほめられました。
書道の先生をやっているので、書けて当たり前ですが、ほめられて、ちょっと嬉しくなりました。って言うか、生徒が先生をほめる書道教室はあまりないと思いますが(笑)。
で、その字を見た他の子どもが「こういちろうの郎は朗らかじゃない方ね」と。
私は「俺が朗らかじゃない人みたいになってない?」と言ったら、「朗らかじゃない!」と。
朗らかの意味は、ひらけて曇りなく晴れやかなさま。特に、気持・性格が明るく楽しげなこと。
これを聞くと、自分でも朗らかじゃないと思います。
最近、花粉症のせいか、年齢のせいか、わかりませをが、気持ちが明るくなれない時が多くあらます。
でも、そんな私でも大切に思ってくれる家族や仲間がいて、何より神様がいるので、感謝です。

2025年3月7日(金)
分かち合う…

聖書に「善を行う事、分かち合う事を忘れてはいけません」と書いてありました。善を行う事により、平和と秩序が広がります。また、分かち合う事により平和と喜びや慰めが広がります。
書道教室の小学生がお菓子を持ってきて「これ、美味しいから、こうちゃんにもあげる」と手渡してくれました。私は「手渡しか〜」と思いましたが、「ありがとう」と受け取りました。美味しさを分かち合えました。
教会では礼拝の前に、いろいろな写真をプロジェクターで映します。その写真は教会の人達が撮ってきてくれます。花や木や海や川や山などの自然の風景、お弁当やスイーツなどの食べ物の写真。美しさや楽しさを分かち合う事が出来ます。
また、教会では病や悩みを分かち合う時を持ち、情報交換をしたり、祈り合ったりもしています。
喜びや楽しみを分かち合う事により、それが何倍にもなっていきます。また、悲しみや苦しみを分かち合う事により、それが半分になったり、さらに小さくなっていきます。
皆さんが置かれている環境や関係においても、分かち合ってみて下さい。それを神様も喜んで下さいます。

2025年2月28日(金)
平和をもたらす人…

今朝、祈りながらウォーキングしていたら、通ったことのない細い坂道を歩いていたら、大きな幼稚園があり、看板に「平和をもたらす人は幸せです」と聖書の言葉が書いてありました。たぶんキリスト教系の幼稚園だと思います。
で、その時に「自分は平和をもたらす人か?」と考えました。
平和をもたらす言葉を使っているか?
平和をもたらす行動をしているか?
ん〜自己採点では50点。
できてる時もあれば、まったくダメな時もあります。
できるだけ、神様の教え通りに歩んで、平和をもたらす人になりたいと思っています。
そして、同時に世界の指導者達が平和をもたらす人になってもらいたいと祈っています。平和をもたらす政治、平和をもたらす経済活動、平和をもたらす教育などなど。
最後に平和をもたらす教えを一つお伝えします。「互いに愛し合いなさい」。

2025年2月21日(金)
イエス様に嫌われるよ…

先日、書道教室の小学生に「イエス様に嫌われるよ」と言われてしまいました。
書道教室ではミニ礼拝をしていて、子ども達もイエス様の事は何となくわかっている感じです。そんな中で、騒いでいた小学生に私が「少し静かにお稽古しなさい!」と言ったら、その子が「こうちゃん、イエス様に嫌われるよ」と。私は一瞬ドキッとしましたが、すぐに「あんたはイエス様に嫌われてない?」と。その子は「私は大丈夫」と。そしてみんなで笑いました。
実はその日の夜の書道のお稽古でも、なかなか字を書かない高校生に「早くお稽古しなさい」と言ったら、「イエス様に嫌われるよ」と同じ言葉を言われました。私は「えっ?」と。そして「昼間もそれ言われた」と。その高校生が「こうちゃん、イエス様に嫌われてるよ」と。で、みんなで笑いました。
ちなみに、イエス様は人を嫌いません。誰でも受け入れて、愛し、大切に思って下さいます。
まずは、イエス様に受け入れられ、愛され、大切にされている自分を大切にして下さい。

2025年2月14日(金)
パンを水の上に投げよ…

聖書の中に「あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたはそれを見出す」とあります。
これを聞いた小学生が、「パンを水の上に投げたら、もったいないし、無駄になっちゃうよ」と。
確かにその通りです。でも聖書ではそれをするように勧めています。
これは、もったいないと思う事、無駄だなぁ〜と思う事をやり続けなさいという事です。それが後になって、特技になったり、すばらしい能力や技術になったりするという事です。
そして、その特技や能力や技術が自分自身の役に立ったり、誰かを喜ばせたりするようになります。
私が続けてきたキリスト教の信仰生活においても、「時間がもったいないなぁ〜」、「意味あんのかなぁ〜」、「無駄な努力かも」と思う事がありました。しかし、今私は様々なパン(神様からの恵みや助け)を受けています。そして、これからも受け続けます。

2025年2月7日(金)
時と機会…

聖書に『すべての人が時と機会に出会うからだ』と記されています。人はいろいろな時を過ごし、いろいろな機会(チャンス)に出会います。その時や機会(チャンス)をどのように受け止め、どのように生かしていくかで結果が変わっていきます。
私も神様が与えて下さった時と機会(チャンス)を信仰をもって受けとめ、様々な幸いを得る事が出来ました。
逆に、その時や機会(チャンス)を見逃して、残念な結果になった事も多くあります。それでも神様は、時と機会(チャンス)に出会えるように導き続けて下さいます。
ちなみに、今、このメッセージメールを読んでいる人は、神様からの愛や恵みを受ける時や機会(チャンス)に出会っています。神様からの時と機会(チャンス)を受けとめて、幸いを得て下さい。

2025年1月31日(金)
神様が求めている事…

聖書の中に神様が私たち人間に求めておられる事が記されています。「常に喜べ、絶えず祈れ、全ての事に感謝せよ」です。
本日は「常に喜べ」についてお伝えします。
以前、教会の子ども達におみやげを買ってきました。一人の男の子が「饅頭か!とりあえずもらっとくか!」と。私はちょっとムカつきました。
一人の小さい女の子が「こうちゃん、ありがとう。うれしい」と。私はこの子の為にまたおみやげを買ってこようとおもいました。たった一つのお饅頭を喜ぶことにより、誰かを喜ばせ、新たな行動を起こさせるエネルギーを生み出させました。
生活の中で、自分の事で喜ぶ。誰かとの関わりにおいて喜ぶ。その喜ぶ事により、さらに良いこと、幸せなことが広がっていきます。
神様は私たち人間が幸せに生きる事を求めています。「常に喜べ」。

2025年1月25日(土)
悲しいこと…

小学生が「今日、悲しいことがあった」と。いつも元気で明るい子なので、ちょっと心配になったので、優しく「どうしたの?」と聞いたら、その子が「今日、給食の揚げパンのジャンケンで負けた」と。
それを聞いていた他の小学生「私も悲しいことがあった」と。私が「どうしたの?」と聞いたら、「ムカつく友達にお気に入りの鉛筆を折られた」と。私が「そりゃ、ムカつくし、悲しいね」と言ったら、「鉛筆はどうでもいいんだ」と。「えっ?もっと悲しいことあったの?」と。その子が「その後、机の角に足の小指をぶつけた」と。
悲しいことは、人によってそれぞれ違います。で、「そんなことで悲しんでいるの?」と思われてしまう事が多いです。自分の悲しいことは、なかなか人に理解してもらえません。
聖書に『悲しんでいる人達は幸いである』と記されています。一瞬「えっ?」と思いますが、続きがあります。「彼らは慰められるであろう」。悲しい思いをする事があっても、神様のところには慰めがあります。その神様の慰めは、悲しみを覆いつくすことが出来ます。そして、前に進めるようにして下さいます。

2025年1月17日(金)
平和に…

書道教室においてミニ礼拝をしています。先週の礼拝において「互いに平和に過ごしなさい」という聖書の言葉を伝えました。
今、現実に世界のあちらこちらで戦争が行われ、残念なニュースがいろいろ伝えられています。また、国内においても恐ろしい事や悲しい出来事が起きています。平和が遠のいているような感じです。
だからこそ、自分の置かれている環境や関係において、先ほどの聖書の言葉通り、平和に過ごすことが大切になってくるのではないでしょうか。
そして、この言葉の最初に「互いに」とあります。まずは自分から平和に過ごす言動をしていきましょう。そして、お互いに喜びや安心を共有して下さい。

2025年1月10日(金)
書き初め…

今年も妻の実家で書き初めをしました。家族全員が半紙に漢字一文字を書きました。で、私は「聡」という字を行書で書きました。その日の朝に読んだ聖書に「神と人との前に好意と聡明を得よ」とあったので、「聡」にしました。
この「聡」という漢字には「感覚が鋭い、敏感である、賢い、理解判断が正しくて早い」などの意味がありますが、もう一つ「耳がよく聞こえる」という意味があります。
まずは神様の声をよく聞いて、従っていきたいと思っています。あと、人の声もよく聞いて、理解し、わかり合い、良い関係を造っていきたいと思っています。

2025年1月3日(金)
イエス様の名前C…

イエス様の名前についてお伝えしてきました。本日が最後の名前「平和の君」です。
イエス様は人類の罪の為に十字架にかかり死んで下さいました。そして3日目によみがえられました。このイエス様の十字架と復活により、神様と私達人類との平和が造られました。そして、神様の恵みに生きられるようにして下さいました。
さらに、イエス様は私達に、愛する心とゆるす心を与えて、人と人との間にも平和を造って下さいました。
今、この真理を信じて、神様の恵みを受け、また、愛する心とゆるす心を生かして、平和に生きて下さい。

2025年1月1日(祝・水)
神様との交わりの中に…

ハレルヤ♪
新年あけましておめでとうございます。
私たちはイエス様によって救いを得、神様との素晴らしい交わりの中に置かれて、
また、聖霊様の助けを豊かに受けています。
この幸いを尊んで、今年も力を尽くして礼拝をささげ、私たちを真の幸せに導く
聖書の言葉に耳を傾けてまいりましょう。
祝福を祈ります。